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マッサージ師・武井【青春編】(完)
もっとも、商売道具というのは「コントラバス」ではなかった。
わざわざ楽器ケースに隠して持ち運んでいるのは
言うまでもなく世間の目を欺くためである。

家族、バイト先、サークル・・
周囲からは常に穏やかで人当たりが良いと評判の武井であったが、
その凡庸な仮面の下に息を潜めるもう一つの人格に気づく者は誰もいなかった。

ただ一人、あの男を除いて・・!

あいつ、あいつだけは別だ。本当に油断がならない。
親しい友人のふりをしていつも自分を見張っているような気がする。

・・そうだ。
やっぱり昨日「白い何か」を目にしたときも、
俺の隣にいたのはあいつじゃなかったのか・・?


公園へ戻る数メートルの道を歩きながらそこまで考えた瞬間、
突然激しい目眩に襲われて武井は意識を失った。
 
 
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マッサージ師・武井【青春編】(完)
肩身の狭い思いをしてビールを飲みながら、
「昨日起こった事」を一所懸命思い出そうとする。
が、ダメだ。
どうしても思い出せない。「白い何か」を除いては。

そして、無意識に百円玉をポケットから取り出し替え玉を頼む。パブロフの犬だ。

だがわずか五分後、武井は替え玉を注文したことを猛烈に後悔していた。
どうして自分はいつもこう、惰性で行動してしまうのだろう。

重い胃を押さえつつ
「ごちそうさま」と言い残して店を出たその時…!
商売道具を店内に忘れてきたことに気付き、また店に戻った。

「すいませーん・・」
武井が店内を覗きこむとコントラバスはまだ壁に立てかけてあった。

「あっお客さんのお荷物でしたよね、
よかったよかった。また来てくださいよ〜。」
店の主人は笑顔で送り出してくれた。

命より大事な商売道具を忘れてくるなんて今日の自分は本当にどうかしている。
やっぱり替え玉なんか頼んでる場合じゃないだろーがよー。
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